身体の部屋

チャレンジ・ナンバの試み

2009 年 10 月 21 日 水曜日

矢野龍彦   桐朋学園大学 教授

心身技術研究所 所長

はじめに

我々は、重度の身体障害者と付き合い始めて二年以上になる。きっかけは、基本指圧の村岡曜子先生からの誘いによる。村岡先生は指圧の技術に、ナンバの動きを応用しようと、我々のナンバの講座に熱心に通ってきて、ナンバのトレーナーの資格までとった。その村岡先生が、指圧治療院の前を通学している二分脊椎症の中学生の歩き方を見て、何とかできないものかと、我々ナンバグループに声をかけてくれた。

二分脊椎症という病名も聞いたことがなかったので、とりあえずどんなものか見に行ってみよう位のつもりで出向いた。そして、簡単に二分脊椎症の話を聞き、中学生本人に動いてもらった。動きを見て、直感的にこれはある程度までは回復可能だと感じ、基本指圧とナンバ的動きでのリハビリが始まった。

最初は、歩行が不自由そうなので、歩行を改善してやろうが目標であった。そして、ナンバ式骨体操の考え方や動きを応用してリハビリに取り組んだ。身体を局部ではなく、全身で捉えて運動学的なアプローチを行った。そうすると、一ヶ月目くらいから歩行の改善が見られ、どんどんと上手く歩けるようになってきた。そして、我々はまったく知らなかったが、排尿や排便の不自由があったらしいが、自力排便まで出来るようになった。あの当時中学生であったが、二十歳を目標に健常者と同じように歩けるようになろうと言いながらリハビリを続けている。

そうしているうちに、脳性麻痺の子どもや骨形成不全症の子どもなども集まってきて。現在は、五~六人で集団でのリハビリ(チャレンジ・ナンバ)に励んでいる。いずれの子どもも、寝たきり状態に近かったものが自分で座れるようになり、四つん這いでなら動けるようになってきている。自分で出来ることを一つでも増やすために、そして歩けるようになるためにと、チャレンジナンバの試みは続く。

1 現状を受け入れない

普段の私は、現状を受け入れるところからすべては始まると言って指導している。しかし、二分脊椎症に関しては、現状を受け入れないことから始めるようにしている。二分脊椎症というのは、まだ原因は解明されていないらしいが、生まれながらの病気であり障害である。それは、当然受け入れて、そこから対策を考える。

しかし、医者は医学的な見地で、「現状よりよくなることはない」「進行をいかに遅らすか」と言う。これは、打つ手はないから「諦めろ」と宣言しているようなものだ。医者から、希望的な話を聞くことはない。医学的な見地では、「諦めろ」かも知れないが、運動学的な見地では、「諦めない」である。

なぜ運動学的な見地では「諦めない」かというと、陸上競技の世界記録は科学によって打ち立てられたことはなく、いつも現場の創意工夫によって塗り替えられてきた。科学というものは、いつも世界記録が出てからの後付の説明でしかなかった。背面跳びは机の上で生まれたのではなく、走り高飛びのピットで産まれた。医学も科学の分野なら、現象をいつも後付の説明をしていることにしかならない。そして、人間の可能性や潜在能力は、どこまでなのか現在は何も分かっていない。いや、人間自体がどこまで分かっているかといえば、はなはだ心もとない。

だから、目の前の人間を見て、運動学的には「決して諦めない」で可能性を探っていくという試みをする。我々は、決して医学的な見方を否定するものではない。医学的な見方は見方であっていいが、それだけで人間は解決しない。運動学的な見方も、あっていいのではないかということである。

「諦める」という現状をすべて受け入れるのではなく、諦めないで可能性に向かってチャレンジするということである。今より回復すために、努力を惜しまないということである。

だから、まず子どもたちに「諦めないで回復するまでチャレンジしよう」というところから始める。本人が回復しようと思わない限りは、何も始まらない。薬や医者や理学療法士が回復さすのではなく、自分自身で回復するのである。本人が回復しようと決心すれば、人間には思いもよらない力が湧いてくる。そこから、やっと共同作業がスタートする。

本人が、自ら回復しようと決心し、決して諦めないこと。それを、我々がサポートする。こうしてやっと、チャレンジナンバはスタートできる。

2 親子関係の改善

二分脊椎症などの障害を抱えた子どもと親の関係は、共依存の関係にある。二分脊椎症は、産まれついてのものであるから、産まれたときからの親の苦労はよく分かる。子どもの生活のほとんどを、手を掛け世話をしなければいけない。その関係が、ずっと続いているということである。

そうなれば、親は子どもの世話をするのが当たり前となり、世話をしていること自体が言葉は悪いが快感となる。親は無意識のうちに、子どもが無力だということは感じているとは思うが、自分なしでは何にも出来ない子どもを世話していることに優越感を感じる。知らない間に、親はそうなっていく。それが、親にとっては、気分がいいのである。そして、子どもも親に世話をしてもらうのが、当たり前になるし、それが心地いい。親も子どももお互いに、そういう関係が当たり前になり、それが快感になる。これが、共依存の関係である。介護などをしている関係は、こうなりがちだから気をつけなければならない。
障害を持った子どもが、いつまでも親に依存していると自立できない。子どもは、幾つになっても親に反抗もできないで親に従う、それに親が満足していてはいけない。子どもの健全な成長から見ても、反抗期があり自立していくことが人間として自然である。その自然な成長を、途絶えあせてはいけない。子どもが、いつも親の顔色をみなが生きていくのは、見るに忍びない。私が子どもに質問をしているのに、子どもは親のほうを向いて縋り、親が私に対して答えを返してくる。いかにもおかしい親子関係を、目の当たりに見せられる。これは明らかに異常である。そんなことをしていれば、親がいなくなれば、子どもは路頭に迷うしかなくなる。

今より症状を回復しようと思ったら、辛いだろうが親は子離れをしなければならないし、子は親離れをしなければならない。子どもが、自分で出来ることを一つでも二つでも増やしていく。親は、子どもが出来ることを時間がかかっても、じっと見守ってやるということが大事になってくる。今まで手を出していたことを、一つ二つと手を出さないで見守るようにすることが大事である。こういうことを親子に話して納得してもらわないと、チャレンジナンバのリハビリは始まらない。

子どもは、自分で回復しようとしなければならない。親は、それを見守り、応援してやらなければならない。そういう、今までと違った新しい親子関係に踏み出せるかどうかが大事になってくる。そういう親子関係は、今までより一歩距離を置いた関係で、それがお互いの自立につながりいい親子関係のスタートとなる。症状の回復に向かって、親子で二人三脚で臨むが、今までとは違った二人三脚を組んでもらわないといけない。そうしないと、チャレンジナンバはスタートできない。

症状の回復に向かって、新しい親子関係に進む決心をしてもらう。

3 ナンバ的試み

いよいよ実際のナンバ的リハビリテーションに移る。

リハビリテーションに応用するナンバ的な考え方は、いまのトレーニングの考え方とはかなり隔たっている。ナンバ的な考え方の主なものを並べてみると、

① 全身の協調性や連動性を意識して動かす。

② 痛みがでたり、違和感のある方向には決して動かさない。

③ 筋肉ではなく骨を意識しながら動かす。

④ 身体を鍛えるのではなく器用にすることを目指す。

⑤ 運動を楽しみながら行う。

⑥ 全力で取り組むが頑張らない、ナンバるようにする。

⑦ 運動を負荷として捉えないで課題として捉える。課題は解決する。

⑧ 時間帯・回数・頻度を運動の目安としない。自由に、飽きたら止める。

⑨ 運動を義務的として捉えないで、楽しむようにする。

我々が子どもから聞いたリハビリの現状は、とにかく身体の局部の筋肉を鍛えるので、苦しいし面白くない。腹筋とか背筋を、何回を何セットやっておくようにという、義務を背負わされる。苦しさや痛さを、頑張れと言って我慢して取り汲まなければならない。リハビリに行く日は、心も重いし嫌々で足も重い。そして、何も改善や回復が実感できない。

まとめると、リハビリは苦しく痛いだけ、何も面白くない。面白くないからやる気にもならないし、続かない。我々はリハビリの現場は知らないから、子どもの話を全部真に受けるわけではない。しかし、話半分で聞いても、我々の取り組んでいるナンバとは大違いである。

我々のリハビリへのナンバ的取り組みは、ナンバ式骨体操の考え方と動きが基本になる。ナンバ式骨体操とは、骨を意識して前後、左右、上下と三方向に動かして、身体のバランスを整えるようにする。その場合に、違和感や痛みの出る方向には無理して動かさず、スムーズに気持ちよく動く方向にのみ動かす。そうすれば、自然と身体のバランスは整う。身体のバランスを整えることにより、歩きが改善されてきたし排便も改善されてきた。筋肉は意識せず、骨を意識して動かせば、結果的に必要な筋肉はついてくる。筋肉を意識して動かすことが、痛みを伴いやすい。

また、両方向同じように動かすような動かしかたはしない。バランスが整っていないのに、前後とか左右を同じ回数やる必要はないし、同じ回数やれば益々バランスが崩れてくる。これが、一般的な体操との大きな違いである。また、気持ちいい方向にも、回数は何回と決めず好きなだけやればいいと言っている。回数などで運動を規制するのは、運動をつまらなくする一番の要因である。そして、この運動は一日の中でもいつやってもいい、思い出したときにやればいいと言っている。要は、自分で身体を動かしたいかどうかということだし、身体を動かすことが楽しいと感じているかどうかである。運動に対して、自主的でないと効果も出ないし続かない。

運動嫌いを創るのは、簡単なことである。何かのための運動(リハビリであれ健康であれ)は、よっぽどでないと好きになれないし続かない。運動を量として捉え、何回を何セットやれとか痛みや苦しみを我慢してやれとか、上から下への命令的、義務的、強制的、脅迫的に運動を与えられたら、誰だって嫌になる。それで嫌にならないようなら、頭がおかしい。私なら、そんな運動は出来ないし、やらない。

身体を動かすことの楽しさを自分で体験しないと、誰が身体を動かすことが続けられようか。学校での体育の時間に体育の教員が運動嫌いを作っているように、理学療法士がリハビリ嫌いを作っているのではないだろうか。それが、思い過ごしならいいのだが。

次に、身体全体の協調性や連動性を重視しながら身体を動かすためには、ナンバ式お元気体操を利用している。身体を動かす場合に、動きを局部だけで考えず、常に全身の中のどの部分と関連させて動かすかということを考える。指一本を動かすことは、全身を動かすことだし、全身を動かすことは、指一本を動かすことだと理解している。そうすると、骨盤や胸郭をどう動かすかということが中心になる。人間全体を見ることが大事で、局部に囚われるのは戒めなければならない。こうして、二分脊椎症で歩行が困難な子どもにアプローチしていけば、歩行も改善できるし余禄として排便も改善できた。

こうしてナンバ式のリハビリであるチャレンジナンバを行ってきたが、より効率を上げるには集団でお互いにいい刺激を与え合いながら行うと思いもよらない相乗効果が出てくることも経験している。

4 まとめ

チャレンジナンバの取り組みをまとめると、
子どもが、自分自身で回復しようと決心し、決して諦めないこと。

勇気を持って親子関係を改善する。親の子離れ、子の親離れ。

ナンバ式の考え方と動きでリハビリに取り組む。

集団で行うことの相乗効果もある。

今後、チャレンジナンバの取り組みを、どのように二分脊椎症の子どもたちに活かしていくかが我々の課題である。我々は、リハビリの専門家でもないし、ナンバの様々な活動を行っているうちの一つの活動がチャレンジナンバである。決して出し惜しみやもったいぶることはないが、ナンバの指導できる者が極少ないし、指導する場所もないし、この活動を広めていくためには越えなければならないハードルがいくつかあることも事実である。それでも、目の前の課題に対しては、難しい場面(ナンバ)であるからこそ創意工夫して乗り越えていく覚悟である。何とか助けになりたいという気持は充分にある。

参考文献
矢野龍彦他「ナンバ式骨体操」2004 光文社
矢野龍彦他「ナンバの身体論」2005 角川Oneテーマ新書
矢野龍彦 「ナンバの心身対話術」2007 MCプレス
矢野龍彦他「ナンバ式!元気生活」2008 ミシマ社

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