身体の部屋
ナンバは生涯教育だ
2009 年 11 月 25 日 水曜日人間の成長を見てみると、幼児のころ歩き始めたときは、バランスをとって転ばないようにとナンバ歩きである。そして、年老いて人生の終盤にかかれば、やはり転ばないようにとナンバ歩きになる。
幼児にとっても老人にとっても、歩くということは難しいことで難場(ナンバ)である。難しい場面になると、動きも自然とナンバになる。幼児と老人の間の、一番活動的に動いているときにナンバ歩きが出来ない。これは、取り入れる情報が間違っているとしか思えない。歩きとはこういうものだという理屈が間違っている。また、これがいい歩き方だという目からの情報も、間違っている。
そんな間違った歩き方をしているから、外反母趾になったり膝や腰が痛くなったりしている。また、ちょっと歩くと疲れるというのも、歩き方が悪い。そこで、生涯教育としてのナンバ歩きを学ばなければ行けない。
幼児や老人は、何も考えないで身体と対話をして、転ばないで安全に歩こうとしたら自然にナンバ歩きになっている。
上半身と下半身を捻ると、身体に負担がかかりバランスが崩れるので、安全に歩けない。また、前に出した脚で着地とかしっかり蹴ってという踏ん張りがあると、これまた安全に歩けない。ナンバ歩きというのは、滑りやすい路面を暗がりでも歩けるような歩き方である。そして、幼児にしても老人にしても筋力は弱いから、筋力に頼らない歩きをしなければならない。だから、幼児や老人は、誰に教わるでもなく自然にナンバ歩きを身につけている。
ナンバ歩きは、上半身と下半身を捻らないで、筋力に頼ることなく踏ん張らない歩き方である。そういう歩き方は、自然に身につけばいいが、誤った情報や身体の間違った使い方、本人の動きの癖などにより忘れ去られている。それなら、ナンバ歩きを学ぶしかない。
我々は、運動学的な見地からナンバ歩きを研究し、指導している。それは、いつでも発展途上にあり、これで完成というものをまだまだ見るものではない。ナンバ歩きは、奥が深いものである。奥が深いということは、ナンバ歩きが出来ている、出来ていないというものではなく、出来ているレベルが違うということである。自分は、今どのレベルまでナンバ歩きを理解しているかということを負わなければならない。物事を理解できているかどうかは、どれくらい出来るかということである。それは、頭で理解することではなく、身体で理解することである。言い換えれば、自分の身体を使って、どこまで表現できるかということである。
ナンバは、頭で理解するものではなく、感性を使って身体で感じ、動きで身につけていくものである。だから、一生を掛けてナンバ歩きを学び続けなければならない生涯教育である。
11月25日 矢野
