身体の部屋

ナンバ歩きで散歩を

2009 年 7 月 28 日 火曜日

大学の授業が終わると、どうしても運動不足になる。授業をやっている間は、週に二回くらいはナンバ歩きを行っている。その時間は、週に2時間以上にはなるだろうし、毎週一回はプールの中で水中ナンバ歩きを30分くらい行っている。それだけ授業で動けば、運動不足になることはない。そして、自分でも、ナンバ歩きを行っていることが楽しいし、まだまだ工夫の余地があると思って取り組んでいる。

それが、授業が休みになると、意識しない限りは動かなくなる。これが、普通の人の生活かとも思う。普通の人は、こうして運動不足に陥っていくのか。しかし、身体と対話が出来ていればそこは防げるはずである。体育の教員は、やはり肉体労働である。肉体労働ではあるが、頭を使うことも忘れてはいけないと戒めている。それは、身体と対話をすることである。
自分の自覚症状としては、身体がむくんで来たかなということがある。何となく、身体の表面に薄く一皮だけ余分なものが付いて、うっとうしいなと感じる。そして、周りからは「デブ、デブ」と失礼な掛け声が飛んでくる。「デブ、デブ」の声は無視するとしても、何となく本調子ではない。身体だけでなく、頭も本調子ではない。運動していないということを、身体も頭も嫌がっている。そして、嫌がっているということを訴えてくるから、その声を聞かないわけにはいかない。
大学の授業が休みになっているので、朝は時間に追われることはない。そこで、子分のコーギーの散歩はいつもどおり行っているが、この散歩は子分のペースで歩くので、私の歩きにはならない。そこで、子分のコーギーの散歩が終わってから、いよいよ私自身の散歩である。散歩といえばナンバ歩きで行わなければ、それに草履か下駄を履いて。
私の散歩は、一日毎に草履と下駄を履き分けて、30分くらい歩く。普段、授業などでは、カッコをつけてジョギングシューズで歩いているが、プライベートでは基本に返って草履か下駄である。草履や下駄を履いてうまく歩けなければ、ナンバ歩きになっていない。ナンバ歩きの専門家としては、いつも研修するということを忘れてはいけない。毎朝毎朝、下駄と草履を履き分けて、ナンバ歩きが出来ているか出来ていないのか、自分の歩きを実験材料に楽しんでいる。自分が楽しめるということを大事にしたい。
そうすると、何日か行っただけで、体調がよくなり満足している。このまま、楽しみながら続ければいいやという気持ちである。体重計などには乗らない。体重計に乗って、何があるというのだろう。体重計などは、一切必要ない。数字に縛られたいなら、体重計に乗ればいい。学校のテストの点数の一点二点にこだわるように、体重計に乗っている自分が情けなくないだろうか。体重計が、楽しさを奪っていることを知れば、違った生活が出来るだろう。

7月28日 矢野

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