身体の部屋
丹野麻美が心配だ
2009 年 6 月 30 日 火曜日今年の世界陸上の選考会である日本選手権をテレビで見た。広島で開催されたので、そうそう足を運べない。テレビ放送を録画して、自分なりに見てみた。大学生や若手が伸びてきているのを見るのは、これはこれで楽しいものである。それと同時に、何年か注目して追跡で見ている選手の成長ぶりを見るのも楽しい。
短距離400mの丹野麻美は、ここ何年かずっと注目している。日本の短距離選手には珍しく、流れるような走りで記録を伸ばしてきた。見ている方に、頑張り感が伝わらない走りで非常にナンバ的だと注目していた。
ナンバ走りというのは、走っている本人も全力は出すが頑張ってはいけない。ここが難しい。全力を出すとは、走ることに集中すること。頑張るとは、走ること以外の余計なことにも力が入りすぎること。走っている本人も頑張らないし、見ている人にも頑張り感が伝わってはいけないということ。
2年くらい前までの丹野は、非常にスムーズに滑らかに走って記録を伸ばしてきた。それが、筋トレを始めたとか聞こえてきて、少し心配をしていた。筋トレを行うと、力が付いてきたのを自分自身で自覚しやすい。そして、付いた力を使おうとする。今まで流れるように走っていたものを、力強く走ろうとするようになる。そこが落とし穴である。力は付いた、それを走りにどう生かすかである。滑らかさを力強さに変えようとすると、余分なリキミが現れ始める。走りにおいてのリキミは、ブレーキとしてしか働かない。
日本選手権の丹野麻美の走りを見ていて、どうしてもリキミを感じてしまう。楽にスピードに乗っていくのではなく、自分自身でスピードを生み出そうとしている。そこにリキミが感じられる。努力感なくスピードを上げていくことが、400mの選手にとっては非常に大事なことだと思う。それが、努力感のない走りが丹野の持ち味だったはずなのに、頑張ってスピードを上げようとしているようにみえる。
去年あたりから丹野が、記録が足踏み気味になっているのは、頑張り感が出てきていることにあると思う。いま、一番ナンバ的な走りをしていた丹野が、ごく普通の頑張り感の走りに変わっていくのはもったいないことである。
どうしても世の中は「頑張れ」だ。しかし、一つ見方を変えて、全力は出すけど頑張らないと考えたらどうだろう。それがナンバ的なんだけど。頑張るということの弊害。頑張れば余計なところに力が入るし、それは単なる演技でしかないかもしれない。頑張ってますと周りに訴えるのは、スポーツではない。
全力は出すが頑張らないスポーツマンの見本は、野球のイチローである。丹野麻美も、陸上界のイチローになれるはずである。それだけの動きができる丹野麻美に、心配するのではなく期待したい。今年のベルリンでの世界陸上で、滑らかな走りに変身した丹野麻美を見たいものである。
6月30日 矢野
