身体の部屋
太って気づくようじゃ遅い
2010 年 1 月 25 日 月曜日先日、風呂に入っていて、ふと自分の身体を眺めてみれば、太ったなと思った。太ったこと自体は、別に驚くようなことではない。私は、冬場は夏場よりも1~2kgは毎年太っている。それは、寒い冬を乗り切るためには、多少は脂肪をつけないと元気が出ない。これくらいは、体重計に乗らなくても、自分の感覚で分かるものである。
問題は、太ったことではない。風呂に浸かりながら振り返ってみるに、どうもこのところの食事の摂りかたに問題があることに気がついた。何がいけなかったかというと、身体との対話を怠っていた。ナンバでは、心との対話、身体との対話が基本であると常々話しておきながらこの始末である。
身体との対話を怠っていたというのは、身体が何を欲しがっているかを聴いていなかったし、それよりも空腹を感じていないのに食べてしまっていたことである。身体ときちんと対話をしていればこんなことはないのだが、その日の活動状況に応じて空腹を感じる時間帯が違ってくる。それを昼になったから、夜になったからと、不用意に食べていたのが太った原因である。
大学の授業があっているときと、授業にない時期では活動量が違うのである。
な人間ではなく、抜けているところが非常に多い人間であることは自覚している。しかし、ナンバに関わっておきながら、身体との対話を忘れるとはイエロー・カードものである。
身体ときちんと対話が出来ていれば、食べる量を調節するとか食べる時間帯をずらすとか自然と対応できるはずである。それをしなかったことが、問題である。どうも精神が甘くなっている。油断をしていないつもりでも、どこかで傲慢になっているのかもしれない。こういう人生で起こる出来事からのメッセージを危うく聴きのがすところであった。冷や汗ものである。
人生で起こる出来事や出会う人たちからは、様々なメッセージが送られてきている。それを聴き逃したり見落としたりすると、自分の人生を踏み外すことになりかねない。これは要注意である。
あなたにもないだろうか、聴いているつもりが聞こえていなかったり、見ているつもりが明後日の方を向いていたり。そんな人に限って、自分だけが運が悪いとか、不幸だとか思ったり、言ったりする。実は、運が悪いのでもなければ、不幸でもない。すべて気づかない自分が悪いのである。
私も危うく人生の道を外すところだった。身体が太ったというメッセージを送ってくれたおかげで、身体との対話を怠っていたことに気づかせてくれた。そういう有り難い自分の身体に、今夜はお酒でも流し込んでやろうか。寒い夜には、ホットウィスキーというのもオツなものではないか。
1月25日 矢野
