身体の部屋
農作業はナンバだ
2010 年 6 月 5 日 土曜日農業機械化による問題点
農作業は、機械化されたことによって確かに便利になり、効率もよくなった。
機械化されたことにより、身体への負担は非常に少なくなった。
身体的な負担は減っているはずなのに、機械を扱うことにより身体を痛めたり、具合を悪くしている。
作業が機械化されることにより、身体性が失われている。
身体に対して鈍感になり、身体の器用さが失われている。
昔の農作業は、単純な肉体労働が長時間続いていた。
着物を着、草履を履いて、いまから比べると非常に動きづらい格好で作業をしていた。
農作業は、日の出から日の入りまでの長時間、単純動作を繰り返す。
そういう中で、着物が着崩れず、草履の鼻緒を切らず、身体への負担も出来るだけ少なくしようと、自然に創意工夫して生まれてきたものがナンバの動きである。
そして、収穫を祝う祭りの踊りもナンバの動きである。
日本伝統のナンバの動きというのは、着物が着崩れず、草履の鼻緒を切らないで、効率的に身体を動かすものである。
そのナンバの動きとは、身体と対話を行いながら、出来るだけ「捻らず」「うねらず」「踏ん張らず」に身体を使うというものである。
いまさら農作業を、昔のように身体を使ったナンバの動きに戻すというのではない。機械化によって身体の負担は少なくなったが、人間が本来持っている身体性を取り戻すためにナンバの動きを取り入れようという提案である。
機械化によって生まれた余暇の時間を、身体の潜在能力を引き出すためのナンバの動きを行ってみてはどうだろうか。
機械化や科学的ということで失われていく人間性を取り戻すためにも、ナンバは最適であると思われる。
ナンバの動きは、作業にも応用できるが様々な日常動作にも応用可能であり、動きの楽しさを体験するためにも適している。
我々、日本人の身体の中には、日本の伝統的な動きでありナンバの遺伝子があるはずである。
その眠っているナンバの遺伝子を起こして活用しよう。
6月5日 矢野
