心の部屋
チャレンジ・ナンバの重さ
2009 年 3 月 10 日 火曜日月に一度の川越でのチャレンジ・ナンバに行ってきた。
先月初めてチャレンジ・ナンバに参加した、高校二年生の脳性麻痺の女の子に一月ぶりで会う。先月、家で自分できる運動とお母さんの補助により行う運動の指導をした。運動指導は毎月一度、我々が川越に足を運び行うが、週に二度ほど村岡先生の基本指圧を受け、我々が指導した運動も行っている。
一ヶ月でどれほどの効果があるものかと、動きを見せてもらった。すると、なんと驚くなかれ、仰向けに寝た状態から起き上がり自力で座ることが出来るのである。先月は、寝たきりで手足が少し動く程度の状態だったのだから、これは目を見張る思いであった。
脳に障害があるから、動けないといって諦めて寝たきりだったはずである。脳に障害があれば、脳のどこか別の場所かまったく違うところに、運動回路を創ればいいと思いチャレンジしている。そのチャレンジは、何の確信もなく何の参考になるものもなく、まったくナンバ的なチャレンジである。痛いこと、嫌なこと、苦しいことを行わず、動く範囲で無理をしないで希望をもってだけである。お互いに諦めないという前提に立っていることは、基本的なチャレンジする姿勢である。
それにしても一ヶ月で、寝たきりから起き上がり座れるようになるとは、私の予想をはるかに超えている。そして、本人は動けるようになっているから、嬉しいし取り組みかたもより真剣になる。このペースですんなりと進むとは思わないが、運動のし過ぎにブレーキをかけなければならなくなるかもしれない。一で効果があったから、倍の二やれば二倍の効果があるかといえば、それは違う。そういう取り組みが、間違いを起こす。チャレンジ・ナンバでは、そこも重要な注意点である。
チャレンジ・ナンバの現場は、みんな諦めないで取り組み、それぞれに目覚しい機能回復というのか進歩を見せている。お互いにいい刺激を与え合い、いい競争を行っている。二分脊椎症の男の子も、四つんばいで両膝をコントロールして上手く歩けるようになっている。
チャレンジナンバの現場では、みんなが回復していくので嬉しいし、満足感はある。それはそれでいいのだが。その後、ものすごく重い感じが心を襲う。私も、世の中の理不尽や不平等は十分に分かっているつもりである。しかし、何で彼等彼女たちがという、やり場のない怒りがこみ上げてくる。何でそんな障害を持って産まれてこなければならないのか、何でそんな試練を受けなければならないのか。なら、いつまで生きられるのか。
五体満足な自分が、酒を飲んでグシャグシャになっていく。重い。
3月9日 矢野
