心の部屋
友あり高知より来る
2009 年 12 月 10 日 木曜日先日、友が高知より出てきて、新宿で飲んだ。高校時代からの仲良しで、大学時代にもつるんでよく遊んだ。もう何年来になるかも、数えたこともないが、本当に心を許せる友である。そして、もう一人、東京には居るがめったに合わない仲良しも呼んで、三人で久しぶりで新宿の大小原で飲んだ。
高校時代の友というのは、いま何をやっていようが、どんな肩書きがあろうが、まったく関係なく俺お前の仲である。普段から自然体を心掛けているが、こういう友に会うと、本当にほっとする。いかに普段、強ばって、かっこつけて生きているか思い知らされる。何も飾ることなく、裸のままで安心できるというのは、こういう友に会っているときだけかもしれない。
二三日前から風邪気味で、当日も大丈夫かなと心配していたが、会ってしまうと風邪のことなど何処かに飛んでいったみたいだ。おまけに会った次の朝は、喉の痛みもないし、風邪はすっかりよくなっていた。思うに、風邪薬などを飲むよりも、心許せる友と会うほうが免疫力も上がるし、風邪までも治ってしまうということだ。友は薬よりも強よしだ。
生きていると、友達というものは自然に増えていくものである。しかし、どれだけの友に、本当に心を許せるのだろう。親しいと思っていても、裸で向かえるというのは少ないものである。損得を考えたり、自分を売り込んでみたり、恩着せがましくなったりと、いやらしい関係が多いように思う。
少年の心のまま、ありのままの自分を受け入れてくれるのは、本当に少ない。昔の友というのは、本当にありがたいし、自分にとっての宝物である。こういう友が、何人かいるということは幸せなことである。親友と呼ぶのは、何か面映い気がするので難しい。
私もしばらく高知には帰っていない。高知に誰もいなくなって、家もないということもある。「遠慮せんと、いつでも帰ってきいや。家に泊まれえいき」と土佐弁で言われると、涙が出そうなくらい嬉しい。俺も帰りたいのよ、何も遠慮しているわけではないけれど。友が高知で待っていることも分かっているけど、なかなか踏ん切りがつかなかった。しかし、来春には高知に帰ろう。
人間を元気にするのも、落ち込ますのも人間だと分かっていたつもりであったが、今回改めて確信した。人は人によって元気になる。それも、ありのままの自分を受け入れてくれる友が一番いい。誰の前で正直になれるかというのも、大事なことである。
友に会っただけで、こんなにも自分が変わるのかということを体験したのは、非常によかった。やはり友は大事にしなければいけないし、時間は自ら作って会うようにしなければいけないと思った。後悔しないように、マメにならなければならない。
12月10日 矢野
