心の部屋

好きこそ

2009 年 11 月 7 日 土曜日

教え子が、留学先のザルツブルクから一時帰国してきた。マリンバをやっている内山詠美子という、マリンバの世界コンクールで一位にもなったことのある子である。

いろいろ留学中の話を聞いていて、驚いたことがある。ウイーンでオーケストラを従えてマリンバのコンチェルトを、ニューイヤーコンサートなどで日本でも紹介されるホールでの仕事が舞い込んできたという。そこまでは、チャンスとしてあることかもしれない。そこからが凄い。

内山は、このチャンスを活かさなければと、一ヶ月間マリンバの練習を毎日15時間毎日やり通したという。おかげで、本番は上手くいき、大好評であったという。おまけに、ナンバの身体の使い方やナンバ式メンタルトレーニングも続けているという。ならばと、新しいナンバ式も教えてやった。

そして、よく毎日毎日15時間の練習を一ヶ月も続けられたなと聞いたら、「好きですから」と一言で片付けられた。そして、「先生だって、スポーツでも音楽でも好きでもない者には指導しないでしょう」と言われてしまった。それはそうだ、好きでもないのを、好きにすることはやりやくない。そんなことは、面倒くさい。

「好きだったら、いくらでも努力できる」「好きだったら、創意工夫できる」「好きだったら、疲れなんか感じない」とも言う。その通りである。

音楽でもスポーツでも才能というのは、身体的なものではなく心の問題であろう。どれくらい好きか、ということが才能だろうと思う。当然、好きにもレベルがあるが、何にも増して好きというくらいに好きでなければ、才能とは呼べない。好きだったら、向上するし、上達するだろう。向上しない、上達しない人は、きっと好きではないのだろう。

何かを好きということは、その他のことを犠牲にしなければならないことになる。特に、まだレベルが低いときにはそうである。しかし、レベルが上がってくれば、犠牲にした他の分野と共通することの多さに気がつくようになるだろう。

スポーツにしても音楽にしても、身体的なことで素質を捉えられがちであるが、心の素質が一番大事であろう。身体は後からついてくるが、心を変えることは非常に難しい。まして、強引に好きにさせることなんて出来ない。

自分が、何が好きか、どれくらい好きかをいつも問わなければならない。そうでないと、自分の時間とエネルギーを無駄に使ってしまうことになる。自分の好きなものに集中してこそ、充実感も得られるようになる。自分の好きを探し、いつも確認しよう。心は、移ろいやすいから。

胸を張って、これが好きだといえるものがあることは素晴らしい。

11月7日 矢野

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