心の部屋
悩み方
2009 年 10 月 3 日 土曜日人は、何らかの悩みを抱いて生きている。悩みがないなどと言おうものなら、何も考えないで生きているように軽く見られそうだ。だから、私は悩んでいますと多くの人たちに知ってもらおうというように深刻な顔をして生きている人たちが多い。そんなに悩んでいる人たちが増えてきたので、心療内科や精神化が大繁盛である。これは、何かおかしい。
そこで、私の学校も音楽専門学校なので高校生や大学生への授業で、少し悩み方についてヒントを与えてやった。音楽を専門でやっていくというのも、悩み多きものであるということは、今までも見てきたし相談にも乗りカウンセリングも行ってきた。
まずは、悩むと言うことは、何かについて考えていることである。しなし、何でもかんでも考えれば解決するかというと、そうではないこともある。いくら考えても、自分ではどうしようもないことが世の中には一杯あることを知らなければならない。例えば、他人の心の中はいくら考えてもどうしようもない、明日どうなるかもいくら考えてもどうしようもない、他にも考えてもどうしようもないことがあることを自覚して欲しい。
そして、悩むということは、問題を解決していまよりも向上する、成長するということでなければならない。そうでない悩み方は、間違っている。例えば、悩んで、ますます落ち込んでいくなどというのは以ての外である。悩んだ結果、いまよりも悪くなるなどというのは、悩み方が間違っているというしかない。しかし、そういう悩み方をしている人が、意外と多いのである。そして、いまよりも悪くなりながら、悩んでいるということで納得しているのではないかと思われる。
悩むということは、自分で何とかできるという解決策を見つけ出すために考えることである。それを自分ではどうしようもないことを、脱出の糸口も見出せないまま、堂々巡りをしている人が多い。これでは、いくら考えても単に疲れるだけである。もう少し、頭の中を整理して、なんについては悩むべきであり、何については悩むべきではないと区別しなければならない。次が、悩むとは、いまより元気になるための活動であると、前向きに悩みに取り組むこと。ここのところを勘違いしないようにしてもらいたい。
いまの世の中、悩みの種が増えているわけではない。悩み方が、下手になっているのである。それも、私は小さいときの育てかた、子どもの遊びかたに問題があると思っている。小さいときの育てかたで、それからの人生で出会う様々の問題に対する、対応の仕方の基が作られる。また、子ども時代の遊びかたで、人生で出会う様々な問題に対する、創意工夫の仕方の基が築かれると私は思っている。いつか、子育てか教育かで、このことを本にまとめたいとも考えている。
10月3日 矢野
