心の部屋
明るい自閉症
2009 年 9 月 25 日 金曜日高校生や大学生と触れ合っていると、確かに弱くなっていると感じる。
何もない平穏なときは、ごく普通である。明るいし、楽しそうにやっている。しかし、ちょっと肉体的に苦しかったり、痛みがあると、もう耐えられない。耐えられないだけならいいが、自分の殻の中に入ってコミュニケーションさえ取ろうとしなくなる。パニックになるならまだコミュニケーションも取れるかとも思うが、口を閉ざし穴の中に入っていく感じである。こういう人間を、明るい自閉症と私は呼んでいる。
私が観察するに、自分の身体を大事にしすぎてきたのではないかと思う。そう言えば優しいが、単に甘やかしてきただけだろう。それも、自分で甘やかしたのではなく、親や大人が危ないとか、無理をするなとか言って、身体で体験すべきことをさせないで甘やかしてきたのだろう。
子どものころの遊びでも、最近の親は神経質すぎるくらい危ないと言い、無理をするなと言う。それ以前に、親が子どもを外で遊ばさないようにしていると思える。家の中に子どもがいれば安心できるし、机にでも向かっていればもっといい。勉強さえしていれば、子どもの未来は明るいと信じている。ゲームでさえ、頭を使っているだろうと思っている親もいる。
最近の脳ブームではないが、頭さえ使っていればいいは違うだろう。人間は、身体を使ってこその生き物である。身体で考えるということを、軽く見すぎている。身体を使うということは、五感を使うということである。その中には、痛みもあれば苦しみもある。痛みや苦しみは、身体を使って体験したほうが分かりやすい。そして、それに耐えるということも出来るようになる。身体を甘やかすのではなく、身体でいろんなことを体験するようにしなければ、心も強くならない。
プラス思考とか前向きにというが、何もないときなら誰でも明るいし笑っていられる。そんなことは当たり前で、逆境に陥ったとき挫折して苦しんでいるときに前向きに生きられるかどうかが問題である。誰にだって苦しいときはある、迷路に迷い込んだように出口が見えないこともある。心が痛いくらいのことにも出会う。そんな時、立ち上がって前を向いて生きていく工夫が出来るか、痛みや苦しみを乗り越えることが出来るか。心の問題を、身体の体験により耐えて、工夫しながら乗り越えることが出来る。
まず、身体である。自分の身体で、簡単に諦めたりせずに苦しみや痛みに耐えるようにしたほうがいい。一般に、心理的な限界点は、肉体的な限界点よりも遥かに低いのである。痛みや苦しみに耐えるのは、まだ心理的な問題であろう。簡単に心を閉ざし、自分の殻にこもらないように、痛みや苦しみに耐えられるようにすることは大事なことであると思うのだが。
9月25日 矢野
