教育の部屋
可愛がりすぎ
2010 年 2 月 2 日 火曜日子育てでも、学校の教育でも、子どもを可愛がることには何の問題もないように言われている。本当にそうだろうか。
進学校や名門校といわれる学校の生徒は、なぜ小さいのだろう、なぜ中性のように可愛いのだろう、なぜ勇気がないのだろうと、漠然と疑問に思っていた。そしたら、進学校や名門校といわれる中学校に生徒を送っている小学校の先生と話をする機会があり、面白いことを聞いた。その「身体が小さい」「中性のよう」「勇気がない」というのは小学校からで、親が子どもを可愛がりすぎるのではないだろうかというのである。こういう関係は、母親と男の子という間に顕著である。
少し説明が必要だが、私もそう思う。親はいつまで経っても子離れせずに、子どもを可愛がっている。それも自分専用のペットででもあるかのように、過保護をはるかに上回るほど自分の思い通りに可愛がっている。子どもも、親をうっとうしがって親離れすればいいのに、親にかまってもらい可愛がられているのが居心地がいいみたいに、その状態に甘んじている。
可愛がられているのが気持ちよければ、いつまでもその状態を維持しようとする。子どもは、いつまでも可愛いまま、小さいままでいたいと思う。そういう思いがあると、成長ホルモンを出にくくするのか、成長ホルモンの働きを低下させてしまうのではないだろうか。何せ、小さいまま、可愛いままでいれば、いつまでも可愛がってくれそうに思うのだから。これでは、大きくなっても草食系男子と呼ばれるのもよくわかる。悲しいけれど、間違っても日本男児になることはない。
この話はどこかで聞いたことがあると思ったら、摂食障害の原因の一つと同じである。小さいままで要れば、みんなに可愛がられるし、相手にもしてもらえる、だから食べないでいよう。ものを食べると、身体が大きくなり、それでは可愛くないし、誰もかまってくれなくなる。これはある意味、大人の女になるのを拒否している。頭が弱いわけではないと思うが、大人の女が少なくなり、いつまでも成長しきらない大きな不気味な少女が増えているような気がしてならない。
こんなことを考えていると、ますます日本児や大和撫子が少なくなり、男だか女だか分からない中性人間ばかりになってしまうのではないだろうか。それは、非常に不気味な世の中の到来を予言しているようで断じて止めなければならない。やはり、子どもはただ可愛がるのではなく、男は男として、女は女として育てるようにしなければ、世の中大変なことになる。男教育、女教育の相談ならいつでも乗るので、連絡してください。私はやはり男らしい男が好きだし、女らしい女が好きなのです。
2月2日 矢野
