教育の部屋
最後まで教えない
2007 年 10 月 15 日 月曜日教師にしても何かの指導者にしても、人に何かを教える、人を直してやるという作業を行なう。そういうことに携わっている人は、少し上に立っているような気分になる。それはそれで、いい気分になるものだ。しかし、ここで少し注意が必要になる。でしゃばり過ぎないということである。
教えたり、直したりという作業を続けていると、つい気分がよくなって教えすぎる、直しすぎるということになりやすい。それは、目の前にいる相手を、置いてきぼりにしているということである。自分だけの満足で教えたり、直したりしてはいけない。いつでも目の前に相手がいる、共同作業である。
共同作業の8割までは、教えたり直したりするヒントを与え、導いてやることが大事である。この8割が大事なことは言うまでもない。しかし、最後の2割は、手を出してはいけない。本人が解かった、直したということを、自分で掴んだと思わさなければならない。解かった、直したという、一番楽しいところを奪ってはいけない。
そうでないと、いつまで経っても教師や指導者の手を離れることが出来ない。所謂、独り立ちを邪魔していることになる。そして、自分に依存させていることにもなる。誰かに頼られるということは、非常に気持ちのいいものかもしれない。しかし、依存さすということは、人を自分の支配下に置くということで、これは気をつけなければならない。頼られるということと依存さすということは、大きな違いがある。そこのところは、慎重にならなければならない。
世の中には、教えたがり直したがりがたくさんいる。しかし、それを自分の満足のためにやってはいけない。俺が教えてやった、俺が直してやったと胸を張るようなことではない。人が良くなっていくのを、周りで見守ってやるくらいの気持ちでいないといけない。8割のヒントや導きで、後の2割は傍観者でいい。見守るということも、非常に大事なことである。
俺が俺がという気持ちを抑えて、教育や指導に当たらなければならない。このことはつい忘れがちであるから、教育や指導にのめり込まないで少し冷静な自分を保っていなければならない。
矢野
