矢野先生のコラム

スポーツマンシップを忘れたか

2010 年 2 月 17 日 水曜日

今回のオリンピックで、日本代表の選手団の公式ユニフォームをだらしなく着こなし、髪型もおよそスポーツマンらしくなく、おまけに鼻ピアスである。スポーツを舐めているのかといいたいし、周りの大人たちは何の注意もしなかったのか。スノーボード協会は何をしていた、東海大学は何を指導していた、なぜオリンピック選手に選んだ。こんな選手がいること事態に腹が立つ。これだから、スポーツはいまだに文化にならない。

こういう選手が出てきるというのは、強ければいい、勝てればいい、スポーツマンとしての人格などどうでもいいという勝利至上主義が色濃く出ている。もし、この選手がメダルを取ったとしても、そんなメダルには何の価値もなく棄ててしまったほうがいい。

また、そういう格好が個性の表れだなどというのは、レベルが低すぎてお話にならない。個性などという前に、人前で普通に喋れるようになることが大事でないか。また、自分がどれだけ周りに不快感を与えているかも分からない無神経を、もう少し場の空気を読めるように気配りをしたほうがいい。とにかく幼すぎる、人前に出てこられるような人間ではない。

スポーツを通して人格を高めるとか、ルールやマナーを守れるようになるというのは、一体どこに行ったのか。きれいごとではなく、こういうことが忘れられたらスポーツの存在価値はない。ただ競技が強いだけでいいなら、筋肉競争や技術競争の見世物にでもなってしまえ。

スポーツマンというのは、練習や試合だけでなく、スポーツを離れた場面での態度や言動がいつも問われている。そして、指導者は人格教育を含めてスポーツを指導できないと、似非指導者でしかない。指導者の責任は、非常の重いと思う。スポーツ界にああいう人間がいること事態が、スポーツ界の堕落である。そして、ああいう人間を育てた大人たちも、スポーツ界からさっさと去るべきだろう。人を指導できるような人間ではない。

そして、開会式に出さないくらいなら、即刻帰国させて競技も辞退さすべきではないか。対応が甘すぎる。そんな一日二日で反省できるような小さなことではなく、人間の本質に関わることである。口先だけで反省していますといって、それを聞くほうも聞くほうである。競技界から永久追放にしてもいいくらいの問題ではないか。

日本では、スポーツが文化になってなく、いまだマスコミなどが利用する見世物であるから、こういう問題が起こっても、面白おかしい話題にするだけで終わってしまっている。オリンピックだけがスポーツでもないし、やたらスポーツをドラマ仕立てにするのもマスコミの手である。何とかスポーツのあるべき姿を求めて、それをみんなに訴えていかなければと思う。

2月17日 矢野

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