矢野先生のコラム

何なんだこれは

2010 年 4 月 17 日 土曜日

いまは、四月の中旬である。暖かい日には、半袖でも着ようかなという季節のはずである。桜の花も散り、新芽が吹き出そうという時ではないのか。私の心も身体も、そういうつもりでいるのに、何で世の中はそうならない。

今朝、起きて外を見てみれば、雪ではないか。昨夜、多少雪が舞ったり、ミゾレ混じりになったとしても、あさ雪が積もっているとはどういうことだ。これが、一月や二月なら、何も言わずに許そう。しかし、いまは四月の中旬だぞ。都会では、季節感がなくなってきて困っているのに、肝心の季節までが血迷ってくれては非常に困る。いま、東京で雪は降ってはいけないだろう。春には春、夏には夏、秋には秋と、ちゃんとしてほしいものである。

冬に暖かいのは許せるが、春に寒い、それも雪が降るのは許せない。誰に断ってフラフラと雪は落ちてきているのか。この時期は、空の上でグットこらえて、地上に落ちてこないのが雪だろう。それを我慢もきかずに、あっけなく地上に降ってくるのは、雪として情けない。地上ばかりが情けなくなっているのかと思っていたら、空の上までこんなではどうしたらいいのか。

ちゃんと雪を教育して鍛えてもらいたいものだが、どこに電話すればいいのか分からない。これは、電話帳を調べても、載っていないし。こういう緊急事態のときは、どこの誰に聞けばいいのだろう、知っている人には教えてもらいたいものである。

それに、今朝の雪を見ても、心を動かされることもなく、休みだからゆっくり寝ていようという不届き者がいるのもよくない。環境問題とか、自分は何もしないのに声を大にして叫ぶ者が多いのに、今朝の雪にはだんまりを決め込んで寝ている。人間は、こういうときにこそ声を大にしなければならない。環境問題なんか、自分は環境を汚しながらきれいごとを並べるのではない。それよりも大事なのは、今日の雪であり、この寒さである。

私は、生まれも育ちも土佐の高知だから、寒いのは苦手であり大嫌いである。子どものころは、雪を見れば子犬のようにはしゃいで飛び回っていたが、今では冷静になった。雪を見てはしゃいでいるようじゃ、まだまだ人間として修行が足りないことに気がつき、最近では雪を見ても冷静でいられる。そして、この理不尽を何とかしたいと、朝から悪戦苦闘している。

しかし、空は私のそういう苦心も無視して、何と青空が顔を出し、太陽までも光を注いできた。一体、今朝の自分は、何だったんだろうと途方にくれるしかない。私は、春が寒い、それも雪というのが嫌いである。本当に、ちゃんと真面目に春をやってもらいたいものである。これは、声を大にして叫びたい。

4月17日 矢野

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