矢野先生のコラム

台風一過を楽しむ

2009 年 10 月 8 日 木曜日

多くの人には不謹慎に思われるかもしれないが、私は台風が近づいてくるとワクワクするし、台風を楽しんでしまう。これは、高知県人の悲しい性かもしれないと思っている。どうぞ気を悪くしないように。

昨日の夕方、学校から、大型の台風が接近しているので学生・生徒の安全のため今日は学校をお休みにしますという連絡が来た。それは、少し弱腰かなと思ったが、このご時勢無理をすると世間の風当たりが強いので仕方がないかと納得をした。ここは、意地をはって強行して、あえて戦うほどの時でもあるまい。そうなると、夜の一杯にも力が入る。それも仕方のないこと。そして、本当に台風と疑いが消えないまま寝た。

今朝起きてみると、これでも台風かという状況であった。しかし、テレビでは、さも大きな事が起こっているように台風報道ばかりだ。いやはや話題に困っていると言っても、何でもかんでも大げさに扱うのがマスコミである。私も、マスコミで仕事をすることもあるので、マスコミの悪口は言いたくないが台風までもという気はある。確かに台風は恐ろしいが、報道の姿勢は考えてもらいたい。

今日学校がないとなれば、家庭学習にしようと資料整理を始めた。しかし、ふと外を見ると、陽が差し始めているではないか。そうなると、じっと座っていられない。外に飛び出して空を見る。西や南のほうには、雨をたっぷりと含んだ雲が見えるが、青空も顔を出し始めている。そして、低いところにある雲は、飛ぶように東や北に流れていく。その雲の動きの早いことは、台風の後でしか見られない。雲が飛んでいけば、後には青空が顔を出すしかない。このときの瞬間が素晴らしいし、大好きである。これを見るために生きていると言っても、決して大げさではないだろう。自然の変化、移り変わりに敏感でいることは非常に大事だと思う。

台風は、近寄ってくるのに一時間、恐怖を味わうのに一時間、去っていくのに一時間。この速さ、台風はまことに潔い。そこが好きである。台風が去った後の空は、これは秋の空である。台風も来ない秋の空とは、明らかに違う。台風が、秋を運んで来るともいえるし。台風は、夏に引導を渡して終わらせて、秋を迎えるための露払いともいえる。だから、台風にも自然の役割があるのである。

まだ少し風は残っているが、まことに気持ちのいい青空である。元気になりたいとき、何かから立ち直りたいとき、青空を見れば必ず助けになってくれると思う。曇っている日でも、雲の後ろには青空がいつでも控えている。それが自然であるし、その自然の中で我々は生きている。今日は、青空を見ているだけで充分である。

10月8日 矢野

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