矢野先生のコラム
天使が舞い降りて
2008 年 6 月 11 日 水曜日私には、基本的に休みはない。
一日家にいる日はあるが、それも本を読んだり、資料整理をしている。それは、次の仕事への準備である。私の場合は、遊びが仕事になっているし、仕事も遊ぶようにこなしている。これは、「仕事で遊ぶナンバ術」(ミシマ社)の中でも書いた。
そんなだから「お休みのところすいません」と電話がかかってくると、多少ムッとくる。私は年中無休だという言葉を飲み込んで、無愛想に対応する。仕事は遊びだから、休まなくてもいい。
そして、本を読んだり、資料整理をしながら、次はこれを形にしたいなと思うようになる。人前で発表して、その反応を見てみたいという気持ちがフツフツと湧いてくる。まあ、いたずら小僧が、新しい遊びを考えたから、みんなを集めて遊んでみたいなという程度の気持ちである。それが上手く遊べたら満足できるし、上手くいかなかったら、また手を加えるだけのことである。
しかし、準備が整ったところで、自分から売り込むには気が小さすぎる。そこは、天に向かって天使を待つしかない。そういうときに限って、天使が仕事を咥えて舞い降りてきて、私の前に立つ。仕事の依頼である。世の中の不思議なのか、よほど物好きな天使がいるのか、世に発表の機会を与えてくれる。それは、雑誌の取材であったり、テレビへの出演依頼であったり、本の執筆であったりする。
だから私は、天使の存在は信じている。その天使がいつ来てもいいように、いつも準備だけは怠らないように心がけている。天使が舞い降りてから準備をしていては、天使は気が短いから待ってはくれない。すぐにどこかに飛んでいってしまう。準備は、六割完成した状態で待ち、依頼によって後の四割に手を加えれば何とかなる。だから、いつも何か面白いことはないかとアンテナを張り巡らし、自分の興味あることを深めている。とてもじゃないが、休んでいる場合ではない。
仕事も楽しめば、遊びのように真剣になる。真剣になるから、ますます楽しくなる。仕事と遊びを区別する必要はない。仕事から解放されて、休もうなどと考えることもない。ただ、休養は必要だから寝ることは大事にしている。だから、睡眠時間を削ってまでとは、露ほども思わない。よく寝てるからこそ楽しめるし、遊ぶように仕事が出来る。
6月11日 矢野
