矢野先生のコラム

気候に合わせて飲む

2008 年 5 月 19 日 月曜日

私は毎晩、飽きもせず酒を飲んでいる。自分でも本当に酒が好きなんだと感心する。家にいるときは、九時を過ぎると映画を見るか本を読みながら飲んでいる。家では基本的にウイスキーを飲むが、酒なら嫌いなものはない。冬はお湯割で、夏は水割りというのが身体にあっているのではないかと思っている。つまみは、水でもあれば十分である。
五月になり暖かくなったので水割りを飲んでいたが、中旬くらいに冬に逆戻りかというくらい寒くなった。衣替えをして、しまっていた冬物をまた出してきて着る始末である。そう寒くなると、水割りでは体調がイマイチである。何か疲れが抜けないし、すっきりとしない。
そこで、水割りで飲んでいた酒をお湯割りに変えてみた。そうすると、熟睡はできるは、身体はシャキットするはでやっと元気が出てきた。身体とは、敏感なもので毎晩飲む酒によっても微妙に変化をしている。この変化に気がつかないと、体調を崩す基になる。これがナンバ的である。自分自身の微妙な変化を感じ取る感性を、普段から身体と対話を行って養っていかなければならない。酒からヒントを得て、身体を調整しているようなものだ。
授業で一週間に何回もナンバ式骨体操を指導し、自分も行っていれば身体の微妙な変化には簡単に気がつくようになる。自分の微妙な変化に気がつけば、それに対応してやるだけのことである。これがナンバで言っている日常生活への落とし込みなのだが、分かってもらえているだろうか。
一つ一つをぶつ切りのように独立させ、これはこれで完結するのではなく、それざれの関連性を考え大きなジグゾーパズルのピースをはめていくというような作業のほうが面白いと思うし、考え方が広がるだろう。いつも関連性を考える癖をつけたほうが、結果的に効率が上がるし、言行一致へと近づいていくと思う。ヒントはどこにでも転がっているが、それに気がつくかどうかも感性の問題だろう。その感性を磨くには、ナンバは最適だろうと思う。なんせナンバは、自分の身体と心との対話を原点にしているから。ナンバは、分かるか分からないではなく、感じるかどうかである。
少し暖かくなれば、朝明もお湯割りでなく水割りに変えなければならない。その気候の変化を読み取ることもナンバである。

矢野

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