矢野先生のコラム
禁酒を試みたが
2009 年 7 月 9 日 木曜日陸上競技をやめてこのかた、毎日のように酒を飲んできた。それも、トレーニングのように飲んできた。一年で全く酒を飲まない日は、二日か三日あればいい方である。私を知る友は、大酒飲みともいうし、ひょっとしたらアル中ではないかとも思われている。それも仕方がない。それだけコンスタントに飲んできたということである。
しかし、ここにきて今月狭心症の手術をしなければならない。医者は、いつも通りに飲み食いをしてもいいという。しかし、そんな医者の言葉を信じてはいけない。三月に検査入院をしてカテーテル検査をした時に、麻酔を打ってカテーテルを左腕に挿入したが、痛いこと痛いこと。普段、日常的に酒を飲んでいる人には、麻酔は効かないと聞いていたが、これほど痛いとは意外であった。大きなやけ火箸を腕に差し込まれたような感じで、痛みをこらえるのが大変であった。前日まで、いつもどおりに酒を飲んでいた崇りである。なんせ自分は痛みには、めっぽう弱いもので参った。泣けるものなら、泣きたかったくらいである。
手術のときは、検査のときの三倍くらい時間がかかると聞いたので、痛み対策を考えねばならない。いきなり手術の前に禁酒をして、身体に異変を生じたら困ると思い、ちょっと禁酒を試みた。軽い気持ちで、一日二日と禁酒をしてみた。そして、禁酒は八日間続けた。意外なことに、身体も頭もなんともない。禁断症状が出ないということは、アル中ではないのではないかと安心した。ただ、禁酒を試みてもいいことも何も起こらない。これは、どういうことだ。体調が良くなるわけでもないし、頭が冴えてくるわけでもないのは、一体どういうわけだ。
ひょっとしたら、酒が入っても入らなくても一緒ということは、酒を飲んでも醒めている、酒を飲まなくても酔っているということか。これは、大変なことである。酒を飲んでいないのに体内で酒を造りだし、酒を飲んでいても水に変えているのか。もしかしたら、私は異常体質かもしれないと心配にもなっている。こんな心配をしていると、また酔ってきそうである。そんなこんなで、手術までは、不本意ではあるが酒をコントロールしようと思っている。
禁酒体験をして、手術の準備は大丈夫だろうが、一体自分にとっての酒は何だろうという疑問が出てきた。酒が好きなことは否定できないし、酒とともに今まで生きてきた。飲むことも好きだし、酔っている状態も好きである。また、翌日の少し二日酔いの状態も悪くない。単なる酒飲みでもいいが、もう少し哲学的に考えてみるのもいいかもしれない。今夜も、河島英五の「酒と涙と男と女」でも聞きながら、考えてみようと思う。
無事手術が終われば、また飲もう。もう禁酒はしないと思う。一緒に飲んでくれる人がいれば、申し出てもらいたい。楽しく飲んで、陽気に笑いたいものである。
7月8日 矢野
