矢野先生のコラム

紫陽花と菖蒲

2008 年 6 月 23 日 月曜日

この時期、よく雨が降る。それも、暑かったり寒かったりと気ままなものだ。うっとうしいと言えばうっとうしいし、身体も心も結構だるくなる。
しかし、雨の時期には、それなりの楽しみ方もある。花が鮮やかで心を慰めてくれるし、そこからの連想もなかなかのものだ。

紫陽花がきれいに咲いている。紫陽花は、どこか華麗できらびやかなドレスを思い出させる。それも、ドレスを着ておっとりではなく、ドレスを着て元気よくキャピキャピである。それはそうだろう、微妙に色が変化している花が、あんなに寄り集まっていると圧倒されてしまう。だから、見ているだけで、心がウキウキしてくる。その華やかさに、心が緩んでニヤッとなっても仕方がない。そんな時は、ナンバも洋風で行かなくちゃ。ダンスでも一緒に踊りましょうか。
これが菖蒲となると話は違う。菖蒲の艶っぽさは、まるでしっとりとした着物を粋に着流しているようだ。ちょっと近寄りがたい色気があるが、勇気を出して近づいてみた。すると、頬のあたりがホンワカと暖かくなる。菖蒲の流し目にあうと、平静でいろというのは無理な話である。心乱れて、浮き足立つ。心を静めるには、酒でも一杯やるしかない。そして、酔えば、幻惑されそうである。幻惑されても、それはそれでいいか。そんな時は、和風ナンバでなるようになるさ。
紫陽花が好きか菖蒲が好きかということではなく、紫陽花は紫陽花なりのいい所があり、菖蒲は菖蒲なりのいい所があり、私は欲張りだからどちらも好きである。

こんな妄想に浸りながら、うっとうしい日々をうっちゃっている。これも、雨の楽しみ方で、雨が降っているからと気が滅入っていても仕方がない。雨は降るもの。しかし、いつかは上がるもの。雨雲の向こうには、青空がある。後何日かすれば、暑い暑い夏がすぐそこまできている。
雨音の調べにでも耳を傾けて、酒でも飲んでいれば楽しくなるよ。自然の移ろいに文句を言っても仕方がない。自然の移ろいは、楽しむためにある。何でも楽しんでしまえというのが、ナンバ的心構えというものである。どんな状況でも、自分の受け止め方次第で、楽しくもなれば腹立たしくもなる。要は、楽しめるように受け入れればいいだけの簡単な話である。

6月23日 矢野

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