矢野先生のコラム
遊山
2007 年 6 月 25 日 月曜日まだ高知で遊びまわっていた子どもの頃、明日が休みだというと、友達4~5人で「明日はユサンに行こう」ということで遊びの約束が出来あがる。その頃は、「ユサン」の意味など考えないで、自然に使っていた。
我々の言う「ユサン」とは、弁当を作ってもらい、それを持って夜明け前くらいに自転車で家を出て、山や河や海に出かけ、一日中自然の中で遊び呆けるということである。「ユサン」の意味を知ったのは、ずっと後のことで司馬遼太郎の本の中に、信長が家来をつれて遊山を行った、とかいうことであった。信長と同じような遊びを子どもの頃にしていたと思うと、満更でもないな。
我々の遊山は、弁当を持っていくので昼飯代はかからないし、自転車でどこでも行くので交通費もかからない、まことに安上がりである。当時は安上がりというよりも、お金を使って遊ぶなどということは考えもつかなかった。
子どもは、金をかけなくても充分に楽しめるし、遊びなんていくらでも考え出せた。また、子どもの身近にお金などなかった。お金は、大人が扱うもので、子どもには縁もゆかりもないものであった。当然財布などというものも、持ったことがない。財布を持つとは、大人に一歩近づいたということで、少し胸を張れるような気がしていた。
一日中遊んでいて、時計を持っていないのに時間はどうして知ったかというと、四季折々の太陽位置を見れば大体のことは解かる。太陽は、時間も教えてくれるし、方角も教えてくれる。天気の変化も空をみていれば解かるし、自然はいろんな事を教えてくれる。いま大量に流れている情報なんかなくても、何とかなってきた。
そして、遊びの中には、親は一切入ってこないで、遊びは子どもの王国であった。私自身も、遊びの中から学んだことが多い。多いというよりも、大事なことは全て遊びの中で身につけた。その中でも、ユサンは非常に重要だったのではないかと思っている。
高校を卒業して、東京に出てきたが、東京で身につけたことといえば、どうでもいいような下らない知識のような気がする。
矢野
