音楽の部屋

日本人を自覚した

2010 年 6 月 19 日 土曜日

先日、荒馬座の水無月公演に行ってきた。我々の仲間である宮河君が、新しいメンバー編成での公演ということもあり、それは応援しなければと多摩センターに駆けつけた。多摩センターという所は、計画的に作られた都市のようで、非常に整っているが人間の匂いのしないところのように感じた。そして、多摩センター駅の駅前から、真っ直ぐな大通りがパルティノン宮殿を模したホールに向かっている。これは、日本ではないなという感覚に陥っても仕方がない。そんな、あやふやな気分で、会場に足を踏み入れた。

しかし、荒馬座の公演が始まると一気に日本人に引き戻された。和太鼓、篠笛、琴の音が流れ、着物を着た踊りが始まると、ああ自分は日本人なんだなと心の底から日本人を意識する。特に、太鼓の音の陽と篠笛の陰の微妙な折り合いが日本的であるし、そんなことを感じる自分が日本人である。

いま街に流れている音楽は、無国籍であり根っこがない。聴きようによっては、ただの雑音であり、うっとうしいだけである。そして、生まれてはすぐに消えて忘れられてしまう。流行り歌というけれど、流行るまもなく消えていく、駄作であり大量に創ればいいというものでもあるまい。
何年も後世に残っていく歌は、創られたものの一割にも満たないだろう。そんな中で、日本の各地に伝わる民舞の踊りを引き立てるお囃や矢演奏は、我々のはるかな祖先から延々と伝わってきている。そう思うと、日本人は、嬉しいとき、悲しいとき、季節の変わり目などに、太鼓の音に合わせて歌い踊りしてきた。

私の遠い過去の思い出の中にも、「よいさこい」の踊りがあり「よさこい節」がある。田んぼのはるか向こうから、お祭りの太鼓の音が胸を揺さぶる。思いでは、匂いとともに蘇り、風景とともに蘇り、音とともに蘇る。特に、音というものは、深く胸の内にあり、簡単に蘇る。
会場で太鼓の音を聴くと、むくむくと日本人が蘇ってくる。そして、太鼓の音により元気になる。最近、和太鼓の音の聴いていないようなら、荒馬座の公演を探して聴きにいけばいい。アイデンティティとか何とか難しいことを言わなくても、和太鼓の音を聴けば自分が日本人だと確認できる。

我々が考案した「ナンバ式お元気体操」をもとに創作舞踊として初演の「難場叟」を宮河君が演じたが、これがまた微妙にいい。微妙にというのは、ナンバの動きが、ちょっと人間離れした動きのように伝わることである。これは、宮河くんの表現としての踊りの腕とナンバの動きが程よくバランスがとれて、新しい動きとして現れている。

 荒馬座が演じている民族舞踊は、日本の伝統文化であることは当然である。その荒馬座の動きに、これも日本の伝統文化であるナンバの動きを取り入れることは自然な流れである。

6月19日 矢野

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