音楽の部屋

本番であがってしまう

2010 年 5 月 8 日 土曜日

演奏家というものは、演奏会の本番であがってしまうということが大きな問題になっているらしい。あがるということは、いろいろ原因があるだろう。それよりも、人前で演奏することが嫌とか、苦手なら、演奏家には向いていない。そういう人は、人前で作業をしない作家とか画家を目指せばいい。そうすれば、あがることなどなくなるであろう。文章を書いたり、絵を描いているときに、あがるようでは、それは病的な自意識過剰か虚栄心のかたまりである。

あがるということの一番大きな原因は、自分の演奏に集中していないということである。自分が演奏に集中しているかどうかが分からないようでは、演奏家以前の問題である。自分の演奏にしっかりと集中していれば、あがっている暇などない。あがっているということは、それだけ暇があるということである。もっと演奏に集中すれば、簡単に解決できるだろう。

次に、これも大いなる誤解であるが、自分の演奏で感動させてやろうとか、何かを伝えようとすることである。こういうことは、すべて邪心である。自分の演奏で感動誘うなどというのは、思い上がりである、そんなものをお前は持っているのかといいたくなる。また、何かを伝えるといっても、伝える何かを持っているのか。そうではないだろう。そんな邪心を持っているから、みんなにどう思われる、ちゃんと曲が弾けるだろうかと、余計なことが気になりあがってしまうのだ。

あなたは、あなたなりに楽器を使って表現する、それを聴いた人が気に入ってくれるか、もういいやと思われるかだけである。そういう謙虚さがないから、勝手に舞い上がっているだけである。よく自覚してよ。

音楽は、所詮は聞く人の好みである。好みに合わなければ、あなたが心を込めようが、メッセージだと勝手に思おうが、コミュニケーションだなどと勝手な音を出しても、何も伝わるまい。味噌ラーメンの好きな人に、塩ラーメンを薦めるようなものでまるでピントが外れている。

千歩譲って伝えたいがある、聞いてもらいたいがあるとしよう、それなら自分の演奏に集中しろよといいたい。演奏以外では、誰もあなたに注目していないのだから。見られている、聞かれているという意識が強すぎるんではないの。そんなにあなたは注目されていないから、安心しなさい。ひょっとして、ほんの少し注目されているとすれば、それはあなたが演奏する音だから。

虚栄心だろうか、見栄だろうか、自意識過剰だろうか、そんなものが演奏への集中を邪魔しているということに気がつかないと、百年経っても「あがってしまって」と言い訳をしたり、悩みの種になったり、ストレスで音楽が嫌になるから気をつけるように。

あがるということの問題を抱えている人は、いつでも相談に乗り解決に協力するから。

5月8日 矢野

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