音楽の部屋
美輪明宏音楽会に行って
2009 年 10 月 2 日 金曜日先日、三輪明宏音楽会というものに行って、楽しんできた。三輪明宏というのは、私は関心がないが、たまたまチケットが一枚余り、私の時間が空いていたというので足を運んだ。三輪明宏といっても、「ヨイトマケの唄」くらいしか知らないし、私とはあまり接点のない世界であろう。友人が聞けば、なぜ私が三輪明宏の音楽会にと疑問に思うかもしれないが、そこは好奇心である。
音楽会という先入観念があり足を運んだが、歌よりも語りの多いことに驚いた。五分の四以上は、三輪明宏の語りである。それなら、トークショウで、たまに歌を挟むとしたほうがいいのではないかと、変なことを考えたりする。その喋りであるが、戦前・戦中・戦後となかなか面白いことを言ってはいた。しかし、少し喋るのが早くて聞き取りづらい。もう少し、ゆっくりと喋ってくれれば、よく聞き取れるのだがと思った。
そして、肝心の歌であるが、何曲か歌ったが、知っていたのは「ヨイトマケの唄」「愛の賛歌」「花」くらいのもので、あとは初めて聞く歌ばかりであった。三輪明宏の声のよさと迫力には感心した。声のよさというのは、わたし好みの声だったということである。そして、確かに伝えようというエネルギーというか迫力は十分に伝わった。しかし、私は目が悪いのか何のオーラも見えなかったし、感性が鈍いのか何のオーラも感じなかった。ただ舞台に、三輪明宏が居るなということしか分らなかった。
しかし、周りはまったく違っていた。ハンカチを持って涙を拭いているし、トークに対して敏感に反応している。そして、休憩時間にトイレに行く時、トイレで並んでいる女性たちの声が聞こえてきた。「私も明日から頑張ろう」「負けないでいこう」「こんなことに挫けないわ」などの声が、あちこちから聞こえてくる。これには驚いた。
確実に三輪明宏は、ある人たちの応援団になっているということである。彼のトークを聞き、歌を聴いて励まされている人たちがいるのだ。そこは、私が関心がるとかないとかに関わらず、素晴らしいことである。人を励ますことができるというのは、音楽の持っている大きな力である。それを表現し、実際に励ましているということは、本当に偉大である。私も、そこまでへそ曲がりでないから、いいものはいいと素直の認めることはできる。そして、そういう空間にいられたことは幸せでもある。
また、最後の曲が終わるというには、私を除いた全員が立ち上がって涙を拭きながらの大拍手である。これには本当に圧倒された。涙ですよ、涙。大勢の人を感動させて、涙を流させるということはすごい。意地悪して泣かせているわけではないのだから。
音楽というのは、自分の世界を創り、そこに人を呼び込んで感じてもらうということを三輪明宏もやっているんだと感心した。音楽もいろんな分野があるが、そのどれをも否定する気はない。すべての分野の音楽に素晴らしいものがあり、それにより癒されたり、励まされたり、助けられたり、いろんなことを気づかされたりしているのだろう。
自分が関心がないとか、つまらないとか決めつけないで、とにかく足を運べば何か新しい発見がある。それに気づくと、何か得をしたような幸せな気分になる。不思議なものである。
10月2日 矢野
