音楽の部屋
蜘蛛は苦手よ
2007 年 7 月 9 日 月曜日まだ高知にいた頃、何が嫌いといっても蜘蛛が大嫌いだった。高知は自然に恵まれているというか、まだまだ未開発で不便だった頃のことである。そんな中では、動物や昆虫いろんなものと共存しているようなものである。大概のものは、友達感覚で大丈夫なのだが、蜘蛛だけはどうもいかん。私が言っているのは、八つ脚と高知で呼ばれている大きな蜘蛛である。
その嫌いな蜘蛛が、部屋の中に現れ動いているなどは、まだいいほうである。これが狭い便所や風呂場に現れると、凍り付いて動けなくなってしまう。蜘蛛の毒が怖いとかいうのではない、その八本の脚が別々に意思を持っているように動くのが怖いのである。八本の脚が別々に動くという異様さが、なんとも言えず受け入れなれない。
しかし、ここ何十年もそんな蜘蛛にもお目にかかっていないし、すっかり蜘蛛が嫌いなことも忘れていた。しかし、先日授業で学生にピアノを弾かせて、じっと手の動きを見ていて、ふと蜘蛛のことを思い出した。ああ自分は、蜘蛛が嫌いだったんだなと。
しかし、ピアノを弾く学生の指は、左右合わせれば十本で蜘蛛より二本も多いのである。その学生の指十本が、すべて別々の意思を持っているかのように鍵盤のうえを自由勝手に動いている。それを見ても異様に思えなかったのは何故だろう。蜘蛛の脚の動きは異様に感じて嫌だったのに、鍵盤の上の指の動きはなんともなかった。
ここのところの違いが、自分の中でまだ整理できていない。蜘蛛の脚とピアニストの指を一緒にするなといわれればそれまでだが、どうもいろんな動きに違和感を持たなくなったのだろうか。動きとしてだけ見れば、鍵盤の上を自由に動く指は興味をそそられるし、面白いものである。あれだけ一本一本の指が、意思を持っているように動くのは見事なものである。
しかし、今でも八つ脚にであったら、凍り付いて動けなくなってしまうのではないかと心配である。こんな心配をしていると、八つ脚に出会うかもしれないので、ひたすらピアニストの指の動かし方の工夫でも考えているほうがよさそうである。
矢野
