音楽の部屋

音楽での日韓友好

2009 年 7 月 6 日 月曜日

日本と韓国というのは、同じアジアで隣の国でありながら、その関係はなかなかに複雑である。豊臣秀吉の時代から日本は韓国に攻め込み、第二次世界大戦まで続いた。そして、歴史的なことは分かるが、国際的なこの時代において、いつまでも過去を引きずるのか。もうそろそろ、過去は過去として、新しい関係を結べないものだろうか。
スポーツにおいてはサッカーの日韓戦など、まるで形を変えた戦争を続けているようである。ブーイングは出るは、相手選手を野次るはで、スポーツというには何ともみっともない闘いである。華麗なるフィギアスケートにおいても、浅田真央とキム・ヨナのせっかくの競い合いが、相手のミスに拍手が出る始末である。こんなことだから、スポーツは文化としてまだまだ成熟度が低すぎる。なぜ、相手を称えることができないのだろう、同じスポーツを愛好している同好の士として尊重できないのだろうと思う。
過去は過去として、同じアジア人、人間として、仲良く出来ないものだろうか。そんな素朴な疑問を持ちながら、府中の森芸術劇場で日韓の微笑ましい競演を楽しんだ。エスター・キムのバイオリンリサイタルで伴奏はナンバピアニストである須関裕子である。エスター・キムは、カリフォルニア生まれの韓国人である。それに、須関裕子はれっきとした日本人である。
二人が奏でる演奏は、非常に優しく心に入り込んでくる。バイオリンが一人目立とうとするでもなく、ピアノが遠慮がちに下がるのでもなく、お互いが信頼しあいいいところを引き出しあっていた。
「音楽は国境を越える」ということは聞いていたし、「音楽は国際語である」ということも聞いていた。しかし、それ以前であろうと思う。同じ人間が二人集まって、やっぱり人間で、共同作業で音を奏でていく。簡単なようであるが、民族、国家、その他の歴史を乗り越えてということが素晴らしい。我々はみんな、同じ人間である、地球市民であるという簡単なようで難しい課題を背負っている。そういう中で共同作業を行うことの素晴らしさ、観客席には日本人も韓国人も席を並べていた。いつまでも過去を引きずり、諍い合っていても仕方がないということを、二人は音楽というメッセージというにはあまりに優しい方法で示してくれた。やはり世界的な目で見れば、音楽文化はスポーツ文化よりも遥かに成熟している。
私がスポーツに厳しいのは当たり前で、スポーツに関わっているから余計にそう思う。スポーツも、もう少し成熟してもらいたい。それは、馴れ合いではなく、ルールにのっとった闘いであるが、相手は潰すべき敵ではない。ライバルとは、お互いにいい刺激を与え合う仲間であるということ。そして、スポーツマンシップを死語にしないように。音楽から学ぶべきところは、謙虚に学ばなければならない。また、音楽も、スポーツのいいところは取り入れなければならない。

7月6日 矢野

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