音楽の部屋

音楽療法

2006 年 11 月 20 日 月曜日

いま、様々なところで音楽療法ということが言われている。やれモーツワルトだとかF分の1の揺らぎだとか。そんな枝葉では、音楽療法にならない。
よく考えてもらいたい。人間は生まれてくるときも、死んでいくときも抱きかかえられていたはずだ。そして、悲しいとき、苦しいときにも抱きかかえられていた。なぜだろう。

人間が持っている元気なリズムを、伝えていたのではないだろうか。弱い人や弱っている人を、元気な人が抱きかかえてやる。そして、元気な吐息や鼓動を、身体を通して伝える。そういうことが、少なくなっているのではないか。悲しいとき、苦しいときに言葉は要らないし、言葉は無力である。ただ、抱きしめてやればいい。それは、子どもであっても、大人であっても同じことである。抱きしめてやるという触れ合いが、一番の音楽療法であり、癒しである。

悲しさに負けてしまったり、苦しさに負けてしまう人がいる。それは、旋律やリズムによる音楽では救えない。誰にでも簡単にできる、抱きしめるということでしか救えない。しかし、その抱きしめるということを、忘れている人が多い。親子でも、友達でも、師弟でも抱きしめてやれば、解決できることが多いはずだ。

私は思う、音楽療法だと理屈を言ったり、考えたりする前に、単純に抱きしめてやって自分の元気を伝えてやればいい。そんなことは、人間が本来自然にやっていたことのはずだ。それを忘れて、難しくすることはない。握手くらいでは駄目で、しっかりと抱きしめてやることだ。多くの問題は、それで解決できると信じている。何の音楽も要らない、音楽療法である。

あなたも、困っている人、悲しんでいる人、苦しんでいる人を抱きしめてやってください。

矢野

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